すべてが苦しい

すべてが敵だという感覚が止まらない。みんな私を傷つけてくる。人は危険だ。私が無能だからみんな傷つけてくる。私は危険だ。自分も人も危険である。どこにも安全がない。安全を語るのは能力があるから居場所がある人間だけだ。価値がない人間にも居場所があると言うが、そんな言葉を無責任に吐いたところで人が大切に出来る人間の範囲なんてたかが知れている。人は神ではないから、救う数より見捨てる数の方がずっと多いのだ。

 

自分の生まれた家庭、通う先の学校、その両方で安全でないということ、誰も味方がいないということ。その時の感覚で時が止まってしまった私にとって、あらゆる言葉が救いの言葉ではなく、ただ嘘の綺麗事を言って傷ついた自分からさらに搾取しようとしているようにしか見えない。家庭や学校から愛情や安全を受けてきた彼らの言葉を、私は何も信じられない。加害者側に居場所を与えるこの世界のことが何も信じられない。