ジャニーズ問題越しに知る「トーン・ポリシング」といういじめ被害を受けた私への毒親な母の虐待的会話方法

ジャニーズが会見をするたびに炎上している。長年存在している企業の会見ここまで逆効果になることなんてあるものなのだろうか?そんな会見の途中、声を上げていた女性を嗜めて拍手をされる姿があったのだが、あれはトーン・ポリシングというモラハラをする側の定番なやり方らしい。

 

トーン・ポリシングとは相手の話し方や態度や感情を批判することで、論点をすり替えて相手の発言を封じることらしいのだが、母が必ずやっていた会話方法である。あの無茶苦茶な会話には専門用語がついていたのかと驚きが隠せない。

 

私は母と話すたびに違和感があった。私がいじめの被害を相談する度に母が必ず「友達と仲良く出来てるんだから気にしなきゃいい」とか「いじめてくる相手のいいところを見なさい」というような、実際受けている被害からは逸らしたような話題をしてくる。友達が加害者を討伐してくれるわけでもないので、実際に悪意を受けている現状そのものが辛いという話をする。

すると今度は母は「そんな風に人を悪く言ってはいけない」とか「そんなことを気にするなんて貴方は心が狭い」とか「人のいいところを見て許そうとしないなんて性格が悪い」などの人格否定に発展することが必ず起きた。

 

父は仕事場に逃げ去って母との会話を避けていたが、私にとっては代わりのない母だったので必死に話す方法を考えた。とりあえず感情的に相手を責めるような発言はせず、簡潔に相手の行ったことだけを語るようにしてみたことも、他の方法の方がわかりやすいのかと例え話にしてみたこともあった。

しかし相手の行ったことを語っても「そんなの気にする貴方が悪いんでしょ」という返しは全く変わらなかったし、例え話にすると「そういうまどろっこしい話し方をする人は嫌い」だと言われることもあった。

 

何度も重ねているうちに、そもそも相手の悪意に困っている話をしたいのであって、延々と私が我慢しろという話になるのはおかしいので、本題に戻れるように文章やチャットでやりとり出来ないかと提案した。感情をぶつけ合わずに考えるいい方法でもあると思い提案した。すると母は「会話って言うのは相手の顔を見てやりとりしないと気持ちがわからない」と言い出すのだ。誠意のあるようなそぶりであるが、考えてみればこれはジャニーズの会見で時間や聞く相手を制限するような行為である。

 

私自身はまともに母と意思疎通出来たと思ったことは一度もないし、父や妹も母と会話が出来ないと言っていた。母にとっては私が自殺未遂するようなやりとりは上手くいっている会話だったらしい。

ちなみにそうしたことの不満も率直にぶつけてみたのだが、今度は母親相手にそんなことを言うなんてという立場をつかった泣き落としをされたり、投げられたブラシが真っ二つになったり、叩いてくるともうわかるようになってしまったので座布団で防いでさらにイライラを増幅させたりした。家族が集まっている時に当てつけのようにまな板を包丁で何度も殴りつけるようなこともあった。

 

母はいつも父が私との会話を避けるというが、おそらくこうしたやりとりに疲れていたのだろう。父が母と違って自分は馬鹿だからと酷く自己卑下してるのは、こんな母親と意思疎通しているうちに自尊心が相当奪われてしまったのではないかと思う。

 

私自身も子供の頃の記憶や感情が解消されないことは当然なのだとより理論的に納得出来てよかったと思う。私自身はすっかり感情がマグマのようになってしまい、ろくに人と意思疎通できる存在ではなくなったが、人に話してもすっきりしない。人に相談した後にしんどい。そうした人にこのトーン・ポリシングの知識はぜひ広まって欲しいと思う。

 

そして危惧されるのはこのトーン・ポリシングというのは宗教をやっているとリスクが高まるのではないかと思うことである。宗教の教えに論点を変えて相手を咎めるようになってしまうので、宗教2世が辛いこともトーン・ポリシングが原因ではないのかと思う(教師もまずは間違ったことを指摘するので危険かもしれない)。母も本人は深く信仰していなくても宗教の一家出身だったので、そうした会話が身についている可能性がある。家族が宗教に入っていた人は無意識にやり方が移っている可能性があるので気を付けた方がいいのかもしれない。