風邪をひいてる方が楽なトラウマの身体

ワクチン接種をしたことで倦怠感と足の節々の痛みが起こり、熱のないインフルエンザの如き体調になっていた。普段やっているゲームさえろくに手がつかず、お弁当のおかずを作るだけで大仕事だ。こういう日は頭が少しぼんやりとするので、トラウマによる自己否定が随分と軽くなる。心の動けなさと身体の動けなさが珍しくバランスが取れているという感じがするのである。

 

私が何かしらの薬を飲みたいと思うのは、きっとこうした副作用によって自分の頭の中の自己破壊的な思考から少しでも逃げ出したいたいからだ。身体が動けるときは何事にも興味の湧かない自分の心を責め、心が動ける時はトラウマにより壊れた身体を酷く責め立てる。

 

普段は死体が喋っているようなものなのだと思ってしまう。死んでいる心とバランスを取るように自傷に走り出したくなる身体、神田橋処方で記憶を抑えても安全という感覚をを失い、死ぬしかないと言い続ける頭。力を抜いてるつもりでも力が入っている肩、歯が欠けるほどの食いしばりを無意識にしている私の口も、体調を悪くしないと楽にはならないのだ。

 

普通にはなれないし、正しくもなれない。理想的にも模範的にもなれない。私はどこにも居場所がないし、助けてといっても助けられなかったあの時の死体が胸の中に棲みついていることを感じる。私は人と同じ喜びを感じることが出来ないし、人と同じものを背負う力もないし、一般人はそれを責め私を虐げるしかないからもう死ぬしかないのだと。そう焦るのを必死に何かに逃避して没頭して強迫的に何かをするわけでもなく、身体の倦怠感だけが抑えつけられる今が数少ない癒しのように感じる。