愛情飢餓とお姫様願望

突然に援交がしたいと思う。これは現実にするわけではない。なぜなら私は既婚アラサーブスなので市場価値もなければ私にもやる利点がない。夫が傷つくというデメリットがある。世はサル痘と梅毒が跋扈する地獄である。それなのに衝動的にこの感覚が浮かぶのは、私が女学生だった時代の感情を思い出しているからであった。

 

私の心は今でも10代の誰からも嫌われ者の自分のせめてブサイクでも10代の身体だけで需要はないかと追い詰められていた頃の感覚を反芻させる。だからアラサーだって言っているだろうと突っ込みは入れるものの、みんな私を嫌うんだという追い詰められた感覚とそこから逃れたい衝動性だけ再生される。

 

実行はしなかったが、実行しなかったからこそ今でも夢を見るように残ってしまっているのだ。あの頃も単純に性病が怖かった。10代の頃の性病で歳を取っても薬を飲んでる自分を想像したら凄く嫌だったからだ。その当時でさえ精神薬を貰って飲んでて、飲む薬が増えることが辛かった。当時は欲望を抑えるためになるべく毛を剃らないようにしていた。毛を剃った後はしばらくは常に欲望とのせめぎ合いだった。誰からも愛されない私を少しでも愛してくれる人がいるかもしれないという誘惑と戦っていた。

 

子供の頃で深刻なほど時が止まっている。ストレスを感じると頭の中がお姫様願望の自分の世界に飛んでいく。誰からも愛されない自分の愛される夢の世界を頭の中で再生しながら、誰からも愛されないから死ぬしかないって恐怖を追いやってくれる妄想をする。

 

私のお姫様願望は子供の頃に悪い人に連れて行かれる妄想から生まれた。正直自分がお姫様であるかは重要視されていない。ただ誰かが連れて行ってくれることが大事なのだ。王子様でなかったのは王子様は悪い人から助けてくれる存在であって、親が悪い人だとわからなかった状態では悪い人が連れ去ってくれることでしかイメージできなかったからだろう。私は外に出なくていい誰もいない場所にいられて、さらった人からは必要とはされていて、さらわれた私は家族から心配されているなんて妄想をして、そうして幼少期に安らぎを得ようとしていた。

 

いつも楽しそうにしている夫を見て、私は何かやりたいことはないか考えたけれど、子供の頃からしてこんなに受動的で閉鎖的な願望を持った人間が何か気力を持てるわけがないのかもしれない。家族から愛されていたら私はもっと違う夢を見ていただろうか。