自他境界線がない話

結婚式の加害性が話題になっていた

結婚式は増税が低賃金がと言われる時代に

バブル時代の感覚で時が止まっていると思うと

完全に金銭的な話題だろうと思っていたが

火種を見ても何を言いたいのかピンと来ないので

燃えてる火の言い分を聞いたところ自他境界線の話が出てきた

それでようやく自分にとって身近な話になった

 

私自身も結婚どころか冠婚葬祭が嫌いだ

被害妄想でなく実際に加害された記憶しかないのだ

世の中のそういう常識事が行われるたびに

出費で不機嫌になった母の愚痴を聞かなければならず

骨を焼いてる間の時間にゲームをしていたら

ゲームを消せと走って追いかけられたりもした

家族が死んでも世間の顔色しか考えはしないのだろう親だ

生きてる人間をこんなに大切に出来ないのに

死んだ人間に何の情を掛けられるというのだろう

自己中心的とか非常識だとか幼稚だとか人は私を罵るだろうが

守ったところで自分の安全性が確保されるわけではなく

大切にされてこなかった人間に人を大事にしろと言っても

上手くいかないのが現実なのだ

常識は私を痛め付けるための凶器でしかなかった

私の身についた集団に対する穢れの感覚は

計り知れない大きさになってしまった

幸運にも私はそうした自分の性によって孤立しているので

誰にも関わることもなく参加もすることがない

普通のふりをしたキチガイになるほど器用ではなかったし

身内にやつ当たりするくらいなら

外部に身を割くよりも自身の安定に努めなければならない

自分勝手なのか、出来ることと出来ないことの分別がついているか

どちらなのかは私にもわからない

ただ出来るようになろうと意識すると

自分の頭を叩いたり息苦しくなるのが止まらない

本を読むだけで胸が痛くなったり

数時間寝たきりになるほど人と関わろうとすることが

自分を外に晒そうとすることが恐ろしい

 

大切にされてきた者たち側の常識と違うだけで

人格否定というものを受けなくてはならない

他人の幸不幸に蝕まれないのは恵まれた者の特権だ

どれだけ人を見習えという話をされてきたか

どれだけ○○さんはこうなのに貴方はと言われてきたか

みんな苦労しているのにと自分の幸福を否定されたかとか

他人の幸福が暴力的に使われる恐ろしさを知らないだけだ

それが外に出て疲れ帰ってきた家庭でも繰り返される

人と接することは懲罰に等しい事だ

金持ちがレンガの家なら私は藁の家しか持っていない

だから地上には出ずに地面に隠れて過ごすしかない