発達障害の子供に友達がいることを求める毒親行為をやめろ

私の最近の鬱の要因は社会不適合だが言えるが、明確には社会不適合者である自分を責めているのだ。本当は社会不適合でもそれでいいじゃんと言えればいいのだが、どうにもそうなれないのだ。本当はそう思っている方が家事が回って役に立つのに、どうしても鬱々とした思考が始まる。

思考を打ち破る方法もわからない。あらゆる励ましの言葉が否定や拒絶に聞こえて、自分の感情が抑えつけられることにさらに怒りを倍増させるのだ。私は鬱々としていることが辛いのに、感情を抑圧されるのも辛いのだ。

適合すればいいじゃんというにはあらゆる能力が足りない。0には何をかけても0という話もあるが、それ以前に掛け算をするには「×」とか「=」などが欠けている。パニックになるので式を組み立てるようなことが出来ない。

こうなったのは間違いなく親のせいなのだ。そう思っていないといつ自分を傷つけだすかわからないという言い訳でもあれば、現実でもある。親は悪くないという妄想に走ることで今までずっと自分を傷つけてきたこともあり、許しを強要されることで怒りが膨らんていった私は親に寛容になって自分を壊すことはこれ以上は避けたい。

発達障害の自分という存在を自分でも嫌ってはいる。集中力もないし感情のコントロールは効かない上に、自律神経が狂いやすいらしくイライラしやすい。聞き取る能力が乏しくて会話がうまくいかない。そのわりに聴覚過敏でびっくりしやすい。発達性トラウマなのか先天性の能力なのかなんて調べ続けるほど金銭能力もない。

私は毎日イライラしないように薬を飲んだりコーヒー避けたりカレーを避けたりして過ごしている。薬には生姜が入っているからか昔より暑がりになってしまった。とにかく常に神経質になって生きている。

 

こうした私の神経質で抑圧的な人間になった理由は母親が過剰に友達と遊ぶとか自信を持つといったことにこだわることが原因であった。一方で私はその期待に気づいた頃には人目を前にすると豹変する母が恐ろしくてなるべく関わる人間は少なくしなくてはいけないという緊張感を抱えるようになった。

学校では運動神経の悪い変わり者なんて嫌われて当たり前で、クラスの中でいじめに合っていて、母親に相談したが「お前は頭がおかしいから病院に連れて行く」と脅すようになった。悪口や陰口を聞いて家に帰って夕飯を食べながら「今日も学校楽しかった?」と聞かれて「楽しかった」と答えるしか出来ない日々だった。テストで100点取ろうと妹に優しくしようと頑張っても常に「私は友達がいないダメ人間なんだ」という烙印がついていて、家の中にいるだけでずっと後ろめたい。

普通にならなきゃと必死になって同級生にいろいろな道具を貸して、自分の分がなくなって先生に怒られることもあった。だけどやってもやってもそれ以上にぎこちなさやパニックのなりやすさ、テストの点数ではわからない要介護ぶりからえこひいきをされていると嫌われた。悪口や陰口も言われた。運が悪かったのは同級生に悪口を告げ口する子がいたことだった。

ずっと一人というわけではなかった。母の知らない年上の子たちとゲームを交換して遊んでいたが、転勤で引っ越しになり、次は近所の年下の子とゲームで遊んでいたが引っ越しをした。同級生にも仲良く出来た子はいたが、仲良くなった2人とも引っ越して行ってしまった。

その後は思春期になったが、行く先々で同級生からはいじめに合い続け、中学生で同性から酷いいじめに合ってうつ病を発症してからは、同性が怖いという人間関係の大きな障害が出来るようになった。思春期で同性が怖いともなれば、友達を新たに作るというには絶望的であった。笑い声が怖くてテレビの音を聞くのも苦しくなるようになった。

そんな状況でも母は子供の頃から変わらず「自信を持って人を好きになって明るくなって」という言葉ばかりを私にかけた。母はなぜか私に出来ないことばかりを要求するのだ。とつぜん話しかけてきたかと思ったら「○○ちゃんが読書感想文で賞をとったの!すごいね!」といじめの加害者の主犯だと教えていた相手を褒める話題を出してきたのだ。不登校になる前から学級便りの話題なんてしてなかったくせに。

 

私はいつもいつも必死に「人に好かれなきゃ人を好きにならなきゃ」と思いながら生きていたのに、周りの人間はいつも私を嫌うし、好きな人間と楽しむためのいじめの道具にばかりされる。それをなんで私が好きになって許してやって楽しそうに生き続けなきゃいけなかったっていうんだろう。

人の悪いところばかり見てるって言っても、実際に私の絵を汚い!って言ったり、席替えの度にみんなすっごく嫌そうなリアクションするのに、どうして自分から話しかけて仲良くなってって言うの?それ以前にみんな私のことが嫌いなのに。全部気にするのが悪いの一言で流される。

みんなは私をいくら傷つけてもよくて、私は傷つけちゃいけないの?あの子だって、あの子だって、悪口を言っていたのに母にとっては友達と遊んでる明るい子で、私は暗くて悪い子。明るいってなに?不平等に目が行くようになって、人を悪いところばかりが本当に見えるようになっていって、私はもう加害と被害の渦から抜け出す方法なんてちっともわからなくなってしまった。怒りが常に爆発しそうで、人が怖くていつも辛くなってしまった。

今日もフラッシュバックの薬は飲んだのに頭の中に「○○ちゃんが嫌いだって言ってたよ」って言葉が響く。私はどうして人と仲良くしなくていい生き方を選べなかったんだろう。私の人生がどうしてよりにもよって、友達がいることが目標にされてしまったんだろう。

今、友達と遊ぶ時間もないのに、理由も、意味もなくて、なのに母からの友達がいる明るい子になってほしいという要求にこたえられないことを自分で責め続けていて本当に辛い。私の幸せは友達といることではなく、一人で過ごすことだった。ゲームしたりお絵描きしたりおやつ作っているだけで本当は楽しかったのに、その感覚を奪われてしまった。どうしたら落ち込まずに生きていけるのかわからない。きっと人が怖くなくなるのはもう無理だろう。あらゆる施設や医療に掛かったが、ますます恐怖が増しただけだった。この状態での生き方を考えなきゃいけないけれど、ただただこの自己否定の原因になった母が憎い。